資料裁判・会議裁判

業務の効率化を阻むもの

幽霊のような「業務」

どんな会社にも、不思議な存在の業務があるものです。その作業を何のためにやっているかがわからないのに、愚直にやり続けているものです。もともと、何かしらの意味があったものなのですが、会社の仕組みの変遷や業務フローの変化の中で役割を失いつつも、習慣的に行われているものです。

また、形骸化した会議も多いのではないでしょうか。かつてなら、人を一堂に集めて、そこで空気を共有しながら方針を語り、進捗を確認する、というのはリアルに会う会議でしか方法がありませんでした。しかし今となっては、上司の承認欲求を満たす場になっていたり、メンバーの公開処刑の場になったり、目的がピンとこない会議だったりするものが残ってはいないでしょうか。

こういったものは、何ら生産性を生むものではなく、むしろ社員のモチベーションを下げ、時間を奪っていく。じつは働き方改革をするなら、真っ先に必要なのがこういった職場の無駄をカットすることなのではないでしょうか。

「不要」とは言えない日本人気質

私どもの社内でもあったのですが、こういった意味不明な作業について、ある社員は「これ、もうやらなくていいのでは?」と考えていたそうです。しかし、自分の知らない大事な意味があるのかもしれないし、自分のうかがい知らぬところでこの作業の結果が活用されているのかもしれない。そもそも、先輩から教わった仕事を否定するのは、会社や先輩を否定することにもつながりかねない。だから言い出せず、愚直にやり続けていたようです。

これはもはや、会社の損失でしかありません。しかし、じゃあこういった「役目を終えた業務」は、どうすれば撲滅することができるのでしょうか?

「裁判」を開こう!

社員の物の見方を変えるネーミング

先日機会を得て、業務改善・オフィスコミュニケーション改善士である、沢渡あまねさんの話を伺いました。
沢渡あまねさんと言えば、『仕事ごっこ ~その“あたりまえ"、いまどき必要ですか?』、『仕事の問題地図 ~「で、どこから変える?」進捗しない、ムリ・ムダだらけの働き方』など、ベストセラーを連発するビジネス書作家でもあります。

彼によれば、ある事例においてこんな機会を設けるとうまくいったと言います。それが、「資料裁判」「会議裁判」です。これは、定期的に社内で必要な資料や、会議について要不要を検討する会議につけられた名前です。裁判、つまり「裁く」のです。

そのことで何が起こるか、といえば社員の方々の見方の変化です。今までは、マニュアルや上司、先輩の決めたことが「正しい」という前提で考えられてきました。しかし、「裁く」という前提に立つのは、「間違い(不要)」という前提からその資料や会議を見直すことです。

もちろん必要なものは当然たくさんありますから、それはそれで、その重要度を再確認できます。

結果、非常に活発な議論の末、2割の業務が削減できたケースもあるようです。

組織は「人」でできている

なにかしら、社内の状況を改革しようとしたとき、多くの場合、ルールで縛ろうとする傾向はあるように思います。例えばこのような会議で意見が出ない場合は、「必ず一人〇件の意見を出すこと」なんてことになりがちです。そうすれば意見は出るでしょうが、本当はそうは思っていなくても、意見出しのノルマをクリアするためのこじつけ意見が出てくることも多いのではないでしょうか。

そうすると、これまたけっこう回り道をしてしまい、業務改善は難しくなります。最終的に、このケースでは会議の名前を変えるだけで意見が活発に出るようになったと言います。私たちの会社も、組織です。そして、組織は人の集まり。この、人がどうすればどう動くか、という事を学ぶことは結構大事なことのようにも思います。リーダー層の人たちは、意識したいものですね。

Christine FullerによるPixabayからの画像

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