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かんぽ生命「ノルマ廃止」ニュースに感じる事
組織としての怠惰
かんぽ生命に限らず、私の知る限り保険の世界というのは「営業力」こそが会社の発展を支えてきたと思っています。iPhoneやフェラーリとは違い、商品力がお客様を連れてくるジャンルの商品ではないからです。とはいえ、企業側も怠慢であったことは否めません。なぜなら、保険という商品が「売れる」カラクリをほとんど解明していないからです。つまり、営業社員の「押し」だけに頼ってきたわけで、営業の仕方そのものも「こうすれば、この程度の確率で売れる」というデータさえもないのです。
たとえば、生命保険会社では数多くのセールスレディ(女性営業部隊)を採用してきました。彼女たちには、まず「100人リスト」と呼ばれる知り合いのリストを作らせます。そしてそこに一人一人、保険を買ってもらうようお願いするもの。そこに科学的なメスは入らぬまま100年以上の歴史を積み重ねてきたのが保険の世界です。
お客さまを見つける仕組み
そんな生命保険業界にも、脆弱とはいえお客さまと出合う仕組みがありました。それは職域と言われるもの。一般企業のオフィスや食堂に訪問し、個別にそこの従業員に声をかけられるよう、企業の許可をもらうことでとりあえずは「保険に加入できるであろう人」と出合うことが可能な仕組みとして機能していました。
一方、損害保険の世界においては、例えば住宅ローン(当時の国民金融公庫など)の際に指定される火災保険は、保険会社が合同で運営している者でした。たとえば35年ローンを終えたお客様は、次に何かしらの形で火災保険を契約する必要が出てきます。そういった満期の情報を使って各保険会社の営業社員がお客様にアプローチしたりもしていました。
なんにしても、可能性がありそうな顧客と出合える工夫はまったくゼロではなかったわけですが、これらが個人情報保護などの観点からかなり制限されてきました。しかも、どんな顧客にどんな提案をどのようにすればいいかは、あくまで個人の創意工夫。会社としては必勝パターンをもたなかったので、ドロップアウトする社員も出てきます。そうやって営業を使い捨ててきた背景が、保険業界にはあったのではないか、と個人的には思っています。
その証拠に、大手生命保険会社ではセールスレディ、損害保険会社では代理店という、営業を担う人たちへの報酬を「固定費」ではなく「変動費」にする工夫がなされてきました。

ノルマ廃止は可能なのか?
売れる仕組みをいかにつくるか?
実は保険商品は、他のほとんどの商品と比べて、マーケティング上圧倒的な違いがあります。それは、保険という買い物に、「楽しい」という要素がないのです。保険料をいくら払っても、喜びを得られない商品なのです。
これを例えば、おいしいレストランであれば「高い値段を払えばそれなりにおいしいものを食べられる」という期待が持てます。さらに、そういった高級なお店に出入りする自分を、自分でとても誇らしく思えるという利点もあるでしょう。形はいろいろですが、「買いたい」と思える要素があります。だから、その「買いたい」という思いを刺激すれば、お客様は動いてくださります。お店に来てくれたり、WEBサイトを見に来てくれたり。
しかし保険にはそういった楽しみの要素がないので、辛うじて人を集められる要素があるとすれば「保険料(掛金)を安くできる(かも)」という、保険料負担という苦痛を減らす方向でのメッセージです。しかし、これも限界があります。そうなった時にどんな集客の仕組みを作るか?が非常に大きなテーマでしょう。
中国企業の成功例
中国に平安保険という保険会社があります。この保険会社、アプリを軸に非常に伸びている会社だと言います。日本の保険会社がアプリと言えば、「健康増進アプリ」とか「事故時の対処をサポートするアプリ」とか言う内容だと思います。何の工夫もないというか、お客様からすれば「ほかの会社が無料のもっといいアプリを提供してるよ」という感じだと思います。
平安保険は例えば、自分の今いる位置から近いところの小児科はどこか。そしてその先生の経歴はどんなものか。さらに口コミはどうか。そんな「本当に欲しい」ローカル情報がすぐに検索できると言います。そしてその使い方をサポートする人として、保険のセールスパースンが大活躍しているそうです。
お客さまが欲しいものを提供すれば、自然とお客様は個人情報を差し出します。それをきっかけに関係を深めていけば、そうとう近づきやすくなっていきます。そういう意味では、「自分達の仕事の範疇」をいったん抜けたうえで、本当に顧客が望んでいる者は何か?ということを起点にする必要がありそうです。
そして、それがうまく動き始めると、ノルマはなくとも、目の前に対応すべき顧客が溢れている状況というのはつくることができる可能性はあると思います。
自分達の都合をいったん置いておく
今回のまとめ的なお話をすると、私たちは仕事に直結することを考えがちです。それはある意味正しいのですが、顧客はそうは考えないかもしれない、ということ。顧客があなたの仕事に関心を持っているか?といえば、たぶんそれはNOで、ならば顧客の関心のあるところを回って自分たちのジャンルに戻ってくる必要があるのかもしれません。まずは自分本位ではなく、お客さんの視点で物事を見てみる事。これが意外に難しいので、日々のトレーニングが必要となってきます。
そういった感性を持つことで、お客様を惹きつける引力を手にできる。その結果、営業社員のノルマを廃止することも可能になるかもしれません。ただ、それなしにノルマだけ廃止するというのはちょっと投げやりなのかもしれません。
そういった導線設計が私たちには必要なのであって、かんぽ生命の事例は私たちに必要な課題を教えてくれているのかもしれません。
